昭和五十六年三月二十七日 朝の御理解
御理解第七十一節 「ここへは信心の稽古をしにくるのである。よく稽古をして帰れ。夜夜中どういうことがないとも限らぬ。おかげはわが家で受けよ。子供があるものや日傭取りは出てくるわけに行かぬ。病人があったりすれば捨てておいて参ってくることは出来ぬ。壮健(まめ)な時ここへ参って信心の稽古をしておけ」
ここにはおかげを頂きにくる所と言うふうに皆が観念してますね。合楽にお参りする。おかげを頂くというので合楽にお参りをする。そういう人達が皆、合楽には信心の稽古に通うんだという気になったら合楽はもっと素晴らしいでしょうね。
この前の春の御霊祭の半ばに、高松和子先生が頂いておったという。もうそれこそ山吹の花が一杯咲いているところを頂いたと。皆さんもご承知のように、見事に咲きますけれども、実の一つだになきぞ悲しきで、実の実らない花です。
合楽にたくさんの朝参りがこのようにしてあっている。お祭ともなりゃあ、それこそあふれるようにたくさんの人が参拝をしてくる。その人達が皆、皆というかね、ほとんどが山吹の花ということになるのではないでしょうか。その中に真の信心を頂かせてもらう。真の信心が分かるということは有難い。
昨日、瀬戸先生がお帰りになりましたが、丁度ここ八時半終わってお部屋に参りましたら、丁度朝食を済ましておられるところでした。「もうこちらへお参りするたびに、沢山なお土産を頂いて帰ることが出来ます」と言うてお話しになっておりましたが。昨日ももう早く朝の御祈念、客殿にやすんでおられますもんなんですから、御広前へ来る道が分からんで、そのグルグル回りよんなさるところへ、丁度光橋先生が朝出てきたから、教えて差し上げてここへ。
合楽ちゃそんなにややこしいところでしょうね。なかなか分からん。一遍二遍来たっちゃ、どこが御広前やらどこが何やら、自分のおるところが分からんごつなってくる。帰る時、自分がどこに寝とたっじゃろうかと探さんならんというようなお話からでしたけど。 私が今、いわゆる教学所、金光教学の教学所の所長をしておられますから、もう第一級も、第一級の言うならば先生なんですね。やはり教学でも、その教学を勉強、学問というだけじゃなくて、それに言うなら、教祖の神様の教学はどこまでも、それに肉がついて行
く。血が通わなければいけない。
それで、もう一言一言の中にも勉強なさって、今行き詰まっておったということが、教祖様が四十二歳の大患までに、もうそれこそ人力の限りをお尽くしになられた。そして四十二歳の大患以外にもやはり人力の限りをお尽くしになられたけれども、その大患前後の働きの相違ということがどうしても分かりませんでしたち。そうしたら、今朝の、昨日の言葉でね。「今朝の御理解を頂かせてもろうてはっきりして、こんなにうれしいことはない」と言うて喜んでおられました。
いわゆる「人力に見切りをつけて、神力にすがれ、人力自ずから湧く」。「人力の限りを尽くして。そして神力にすがり、任せ切って、その先に生まれてくる人力が、四十二歳の大患以後の教祖様の御人力であったということが分かった」と言うてね。
皆さんはもういつも聞いているからそんな大変なことのように思うていないけれども、そのことに専念し、そのことに一生懸命勉強に取り組んでおられるのですから、ひょっとこうヒントを頂いただけで、こう道が開けたというようなね。
もう本当にまあ合楽で、もう本当にいつものことですけども、神ながらのことで。昨日は熊本の方へまいられましたが、丁度あちらへ発ちなさらない一時間ばっかり前に、熊本の松村さんが参ってまいりました。それで松村さんが、あの熊本まで乗せていってあげて、それから昨日午後から電話が掛かってきたんですけども、時間がちょっと汽車で行かれるはずじゃったから早くなった。それで、「私は田原坂でこうこういう商売をしている者ですから、田原坂へご案内しましょう」ち言うたら大変喜ばれた。それで田原坂にご案内して、それからお食事を差し上げて、それから法華クラブか何かという会場に丁度時間前三十分ばっかり前にあちらへ着くことが出来て、万事万端の上にご都合お繰り合わせを頂いた。
まるきり計画しとる以上のような働きが、ここにお見えになった時点から起こっているですね。見えたその瀬戸先生の上に。私が、前日見えておったら、私は中村さん所の宅祭でおらなかった。丁度ゆっくりお話も出来るし、お食事も一緒に出来るし、そして昨日であり、昨日の熊本のそのことで余談にまあなりましたけれども。
信心の稽古をさせて頂くということは、合楽でそういう一つのあのリズムに乗って信心の稽古をさせて頂くんです。合楽の場合は、そのリズムの体得ということがまず大事なんです。ここには信心の稽古にくる所。それこそ山抜きの花ではなくて、いわゆるそれこそ実のある信心。
本当に真の信心とは、信心の合楽に通わせて頂くことが、それこそ瀬戸先生じゃないけれども、それこそ船にも車にも積めぬほどの神徳を頂いて帰られるということが有難い。だからこの御教えにも、初めにも、「ここには信心の稽古に通い」、稽古とあり、一番最後んところにもやはり「信心の稽古をして帰れ」とこうおっしゃっております。稽古から稽古なんです。
そこに自分の助かりがあり、思いもかけないおかげの展開となってくるから、信心がい
よいよ有難い尊いものになってくるんですね。お願いをしとった。お願いどおりにならじゃった。そこにもう不服のものを感じます。お参りしたばってんということになります。信心の稽古に通うて来ると、それが例えばどのような場合であっても、それが血になり肉になる頂き方が出来て行く。
最近の御信者ですけれども、お医者さんの奥さんで石田という方が毎日日参して見えます。もう教えを頂くことがとにかく有難い。もう本当に、それこそ泣くまいと思うても泣かずにおれないように有難い。今までのいわゆる信心のなかった生活と、信心少し分かりだしてからの生活というものが、もうそれこそ天地の開きになってきた。
ご子息もやっぱお医者さんですけれども、ある試験の先生方のにお願いがあっとったから出来られなかった。けれどもこれがおかげですよと言うておりましたが、その後において三四日前でしたでしょうか。日本中で三百名のお医者さんが選ばれたその中の一人に今度選ばれなさった。前の試験が出来ておったらこんなことは出来なかったと。こういうおかげを頂くためのことでしたとお礼がございましたが。
昨日もお参りして見えて、もうとにかくやはり教えが身に血になるということは難しいことですね。ちょっとしたことが腹が立つ。「親先生、腹が立たんちゅうこつはどういう信心させて頂いたら良かろうか」と言うて。「そりゃあいろいろありますからね」と言うてお話させて頂いたことでしたけども。
それが何と自分の所の屋敷内に、おじさん達老夫婦の家を建ててあげて、そこに引き取ってあるらしいです。そのおばさんという方は、自分所の漬物の蓋を持って行ってから使いよんなさる、十日間あまり。今日は言おうか今日は言おうかと思ったけれども、こりゃあもう御取次を頂いてからと思うて、結局ここが黙って治める所であろうけれども治まらん。
たったそれだけのこと、人間というものはね、そんなものがありましょうが。あとから考えてみると馬鹿みたいなことだけれども、それが引っ掛かって引っ掛かって、しかも腹が立って腹が立って、たったその位のことが悲しかってということがありましょうが。
それがおかげ頂かれて、丁度その時、お届けされた日でしたが、お孫さんの初節句に、お嫁さんの里のお母さんが手作りのお雛さんを持ってきて下さった。もう真心こめて。大体はもうあのお雛さんちゃ、内裏様だけじゃなくて、五人囃子も作ろうと思うとりましたけれども、時間が足りなくて出来ませんでした。そん時にかつんときたですね。初孫の御節句というのに、ほんなこんな手作りの人形どん持ってきてからとこう思うた。そしたらもうそれが物足りなくて、その歯痒うてね、口にこそ出さんけれども、まあこうと思うておりましたと言うておられます。
ところが、昨日参ってきてから、「親先生、不思議な不思議なことが起こりました」とこう言われるんです。私は、「どういうことでしたですか」と言うたら。昨日御取次頂いて、あの漬物のそのことかやら、腹の立たんで済む手立てというようなことをようく分からして頂いておったら、不思議なことにおば様が、その漬物の蓋を使うておられるのがも
う有難うなった。家にあっても役に立たん物があちらでお役に立っておると思うただけで、お礼が申し上げたいような心になってきた。
帰ってお雛さまを見せて頂いたら、このお雛様は世界にこれだけしかないお雛さんと思うた。里のお母さんが作ってあるとじゃから成程世界に一つ。そういう言わば真心のこもったものを頂いておって、こん位のもんというような思い方に対して、心からお詫びをさせて頂いた。
そういうような心の状態の時に向こうのお母さんが見えた。その話をした。「そういう神様なら、今度お母様、ぜひ私を連れて参って下さい」というようなことが。まあ石田さんにとっては不思議な不思議な働きであった。
成程、心一つですべてを創るということが分かった。腹の立つこと腹の立つことが続いておる。その腹の立つことがまた続く。そんなもんですよね。腹立ちが腹立ちを生んで行く。有難いものが有難いものを、おかげがおかげを生んで行くような生き方を、いよいよ身に付けて、それが日々たったこれ位のことが腹が立ってたまらん。そのことを信心ではどう頂いたらよいかということを実験する。実証して行き、毎日毎日が教えを頂くことが楽しみ、有難い。言わば、正しく稽古に通われているというふうに思われます。
これがいよいよおかげにおかげの頂けて行く手立てがついて行くところにです。いわゆる御神徳の世界にも住まわれるようなおかげにもなってまいるでしょう。合楽に通われているすべての人達がおかげを頂かんならんから、今日はちょっとお伺いをせんならんからと。
昨日も本当にない命を頂いたというようなおかげを頂いて、最近病院から退院して帰ってきた人があります。もう有難うして有難うして、もう私が病院中には家で子供達までが私のことを御祈念してくれるそうです。初めてお嫁さんも信心に目覚めて、言わば一週間に一ぺんぐらいお参りして、子供達を連れて、お父さんのことをお願いして、医者がたまがるようなおかげを頂いて、退院のおかげを頂いて帰ってきた。「これからは本当に一家を挙げて信心させて頂かにゃなあ」と言っておる時にゃあ、その周辺の人達までが「私も連れて行ってくれ」という人達が段々出来てきた。
まあそうして一ヵ月にもなるでしょうか。昨日言わばそれから以来初めて参ってきた。もう勤めにも復職しているわけです。そして大きな図面を持ってきて、今度普請をする。「どうも玄関の持って行き所が迷っておりますから、親先生にお願いして、右にしたら良いか左にしたら良いかをお伺いに来ました」とこう言う。
私はこう図面を見たら、「お神様をどこにお祀りしてあるね」ち言うたら、「しとらん」ち言う。「そげな馬鹿な話があるか」ち。「せっかく拝む道も覚えた。神様が有難いのおかげで命も助かったのと、つい何日前まで言いよったじゃないか」と。「それが例えば今度御普請をするのに、お神様もお祀りする所がないなんて、そんなことでおかげの頂けるはずはないよ」と言うて私は厳しく申しましたことでございましたけれども。
言うなら、おかげおかげとおかげだけを頂きに来たから、もうおかげ頂いたからさよな
らの感じになって、そして合楽の金光様は便利なこっじゃある。いろんなことをお伺いが出来る。まるきり神様を便利屋さんのように思うておる。
けれどもこれは極端な言い方ですけれども、やはりねお互いがやはり山吹の花ではなかろうか。おかげを頂くから参っておるのじゃなかろうか。果たして自分は信心の稽古をしておるのだろうか。初めから最後までおかげ。
信心の稽古、信心の稽古とここにはおっしゃっておられるが、それこそ本気で、久留米の石田さんじゃないけれども。話してみればたったこの位のことが腹が立って、しかも十日間堪えに堪えるといったようなものを信心でどういうふうに頂いたらよかろうかと、合楽理念に基づいて、腹の立たん手立てを毎日頂かれた。
そしたら合点がいった。いったらもう、とにかくその漬物蓋がおばさんの所でお役に立っておるということが有難くなってきた。こんなお雛さんと思いよったけれども、これは本当に手作りのだから、たとえ良い悪いは別として、世界に一つしかない程しの真心のこもったものを頂いておって、心の中に顔には出さんけれども、不平不足を言うておったことが相済まんと気が付いてお礼の心が起こった。
そこに嫁さんのお里のお母さんが見えた。「実はこうこうでした」と。「まあそげなこつでしたか。そういう有難いことを教えて下さる神様ならば、私もぜひ一遍連れて行って参ってくれ」という不思議なことが起こったというのが昨日のお届けであった。
そういうようなおかげがおかげを生んで行くような、いわゆる本気で信心の稽古をしておられるところに、そういうおかげが、しかもそれがね、一年二年三年と十年も続いたら、間違いなくわが心が祀れるようになると私は思うですね。
どうぞ。